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by green_ice_0331
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<ゲド戦記> 朔太郎にもあやまれ

ジブリアニメのキャラの表情にいい加減飽き飽きしていたので、これも、ハウルも見ていない。
おそらく、これからも見ないだろう。
私の中の宮崎アニメは「宮崎駿のアニメ」であり、ジブリの作品をすべていいとは決して思わない。
このアニメ作品においても、ゲド戦記の原作者が喜んではいないということを知っておくべきだ。なぜ、宮崎駿氏が作らなかったのか。原作者はそこから約束が違うとコメントしている。

そして、この歌詞問題だ。
たしかに、初め萩原朔太郎にも似た詩であると言われていた。
参考資料と公式に認めてもいる。
いまごろこういう言われ方をされるのは心外かもしれない。
ネットユーザーもいまさら感があるだろう。

【中略 日本文芸家協会副理事長、三田誠広さんの話 中略 ネットなどには出ているというが、シングルCDの購入者には分からない。先行する芸術への尊敬の気持ちが欠けている】

あたりまえだがネットがすべての情報ではないのだ。
 
【中略  現代詩作家の荒川洋治さん(57)が月刊誌「諸君!」11月号で告発し  中略 「『作詞・宮崎吾朗』とすることに、少しのためらいも感じなかったのだろうか。ここは『原詩・萩原朔太郎 編詞・宮崎吾朗』とでもするべきではないか」と主張する。】

正論だ。

ジブリは自分のネームバリューに酔いすぎじゃあないかな。
こういう企業はそろそろ危うい。


Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <ゲド戦記>挿入歌の歌詞が朔太郎の詩と酷似ヒット中のアニメ映画「ゲド戦記」の挿入歌「テルーの唄(うた)」の歌詞が萩原朔太郎(1886~1942)の詩「こころ」と酷似している――。現代詩作家の荒川洋治さん(57)が月刊誌「諸君!」11月号で告発し、波紋を広げている。
 「テルーの唄」は「ゲド戦記」監督の宮崎吾朗さん(39)の作詞。一方、萩原朔太郎は大正・昭和期を代表する詩人。詩集「月に吠える」や「青猫」で知られ、「こころ」は25年刊行の「純情小曲集」に収められた。
 両者の類似部分を荒川さんは列挙する(こころ、テルーの唄の順)。「こころをばなににたとへん」/「心を何にたとえよう」▽「音なき音のあゆむひびきに」/「音も途絶えた風の中」▽「たえて物言ふことなければ」/「絶えて物言うこともなく」――など。
 荒川さんは「道行くふたりという人物設定、状況、空気、語調は、たいへんにている。構成もにている」と指摘する。
 荒川さんは、宮崎さんがインタビューで朔太郎の詩を参考にしたことを明らかにしていることや、「ゲド戦記」の公式サイトでも「こころ」を「参考資料」として掲げていることを認めた上で、「問題がある」と批判。「『作詞・宮崎吾朗』とすることに、少しのためらいも感じなかったのだろうか。ここは『原詩・萩原朔太郎 編詞・宮崎吾朗』とでもするべきではないか」と主張する。
 荒川さんの主張に対し、映画を製作したスタジオジブリは「一切ノーコメント」としている。
【米本浩二】
 著作権問題に詳しい日本文芸家協会副理事長、三田誠広さんの話 表現を微妙に変えていて、「こころ」の盗作とは言い難い。しかし、朔太郎の詩がなければこの歌詞が書けないことは明らか。モラルの問題として、朔太郎への感謝の言葉を入れるべきだ。ネットなどには出ているというが、シングルCDの購入者には分からない。先行する芸術への尊敬の気持ちが欠けている。

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by green_ice_0331 | 2006-10-21 14:23 | 記事スクラップ